土佐と阿波を結んだ官道「野根山街道」
【おでかけ】ろいろいしゆうき

高知県の山々は住処であり庭。儂が「天狗」じゃ。
今回は、養老2年(西暦718年)の昔から、産業や文化、交通の要衝の道として大役を果たしてきた「野根山街道」をご紹介。
奈半利町から東洋町野根までの約35kmを尾根づたいにつなぐ「野根山街道」は、歴史的・文化的遺跡や天然林などが、今もなお当時の面影をそのままに残す全国的にも珍しい自然歩道です。
激動の幕末には、中岡慎太郎をはじめ志士達の脱藩の道、二十三士動乱の道でもありました。現在では「四国の道」として、全国から多くのハイカーたちが訪れているそうですよ。

かつて街道には、奈半利町の中心部にある「高札場」を西の起点に、一里(約4km)ごとに旅人の道標となる塚が築かれていました。「野根山街道」には現在でも保存状態の良い里塚が残っており、米ヶ岡にある「一里塚」から「五里塚」へと、当時の旅人の足跡を辿ることができるんですよ。
米ヶ岡の「一里塚」を進むと「白石神社」へ。米ヶ岡はおよそ400年の昔、北川村野友地区の庄屋・白石伝左衛門が水田開墾を始めた標高400mの開拓台地。参勤交代の要路として栄えた米ヶ岡の住民たちは、彼を米ヶ岡開拓の恩人と崇め、ここに祀ったといわれています。

街道を先に進むと現れる「つが坂」には、樹上から怪物の大声が聞こえたという伝説の木「笑い栂」の古株が残っています。

民話の世界に思いをめぐらせつつ、さらに先に進めば、旅人が一夜をしのいだという大きな宿屋杉、番士の屋敷跡、参勤交代の昔をしのぶお茶屋場や装束峠の敷石、岩佐の関所跡など数多くの史跡や、旧藩林や天然林等自然に富んだ街道が続きます。













